若年性ロコモティブシンドローム
ロコモティブシンドローム(以降ロコモと省略)※1という言葉が市民権を得つつあり、寿命は延びているのにもかかわらず、健康ではなく介護が必要な方が増えてしまうことが問題とされています。ロコモは人が移動する力が低下することを現します。Covid-19の蔓延によって、糖尿などの基礎疾患の怖さや免疫の必要性が再認識されているこの数年ですが、そのために大きく貢献するライフスタイルとしてあるのが運動・歩行です。運動するという習慣は高齢になってから、筋肉が落ちてから習慣化するのには少しハードルがあり、子供のころから運動に馴染むことが大切ということが分かってきました。
しかし、その必然とは逆に今やロコモ予備軍(若年性ロコモ)という言葉も使われ始め、怪我をし易い子供が増えてきているのです。私が関わる子供でも「ケンケン」さえ上手に出来ないケースが1人や2人ではなくなってきています。
子供のうちに運動やスポーツに関わることは大切ですが、始めるにあたってのハードルを抱えていることがここ10年でよく見えるようになりました。
そこで私が、患者さんとの出会いの中で体験した一つの分かりやすい事例を紹介します。
(なるべく医療的な話は省いて、要点だけお伝えしますのでご安心を)
「いつもダラダラ」「疲れやすい」という小学生4年生の男の子
始まりにおいては、なにか特別に痛むとかという類の症状はありませんでした。
母御さん曰く「いつもダラダラして、疲れた~っていうんです。気がないというか、朝礼でもフラフラしているからよく注意されるみたいで・・・」とのこと。
なるほど、背は少し曲がり、声も小さくどこか眠たそうな眼をしていて、体格に関しては申し分ないにも関わらず、全体的に自身のなさそうな雰囲気が漂っていました。運動などはしているのか聞くと「あんまり好きじゃない」とポツリと言いました。無理やり連れてこられて困ってる、というような表情に見えました。
「ダラダラ」の正体
さっそく身体のバランスをチェックするために、真っ直ぐ立ってもらうと、・・・ふら・・・ふらふら・・・・・と後ろに傾いていく。そう、真っ直ぐに立つことさえ出来ないのです。これには母御さんも驚きとショックを隠せない様子。
よくフラフラしている子供を見ると、「やる気がない」という一言で判断してしまう自分もいたように思いますが、彼はまさにその朝礼の時も教員や親から「だらしない、やる気がない」としかられ続けてきたのかも知れません。
バランスをチェックしてみると、骨盤は後ろに傾きながら前に移動し、足のアーチが極端に少なく、踵の傾きも通常より大きい状態でした。これでは足で一生懸命大地を蹴ったとしてもその力がしっかりと、地面に伝わらないため、走る際にも力のロスが多いのがよくわかります。そこから連動し、肩は前に巻き込み、頭はやや後ろに傾きながら、前方にスライドしています。季肋部や背中の一部を触ると(胃の反射区)「ウっ」と声を上げていたがります。
※下図:足のアーチは、関節の連動を介して骨盤の傾きや腹圧を調整する筋のテンションにも連動し、身体全体へ影響を与えるとされている。(上行性の影響)ただし歩行時など動きによって連動のベクトルは変わりうる。
もちろん足だけの問題で今回の症状が全て引き出されている訳ではありませんが、割合は大きいと感じました。
インソールの調整※2と、体幹バランスの簡単なエクササイズを行った後、もう一度立ってもらい様子を見るとふらつかない様になっていました。その様子を見て「なんだ、ちゃんと立てるじゃない」と笑顔の母御さん。その子も思わず笑みがこぼれます。自分の身体に対するイメージが変わった瞬間のうに見えました。。
※2ここでは細かくはご紹介できませんが、気になる方はご質問ください。
「いつもダラダラ」のその後
次に来院されたときに報告をしてくれましたが、靴の調整をしたすぐ後にマラソン大会があったらしく、なんとクラスでもTopに近いタイムを出せたと喜んで報告してくれました。もともと運動、とくに長距離を走るのには苦手意識があったようですが、それから走るのが好きになってきたそうです。
目の前で見えている姿に対して、印象や常識で決めつけて判断することが無いよう、丁寧に身体からのサインを聞いていくことの重要性を改めて教えていただいた有難い出会いでした。
Ceckしてみよう!
簡単なチェックをご紹介します。これは公式のチェック項目に入っているものではありませんが、私は筋力と可動性の両方を見れるので使うことがあります。
両方の踵を着いてしゃがめるかどうかです。そして可能なら手を使わずにそこから立ち上がります。小学生高学年や中高生になるにつれ身長が伸びたり筋肉が発達するとともに、足首が硬くなり出来ない子も出てきます。また筋力が弱くてその体制をキープ出来ない子もいます。他にも目を閉じて片足立ちをしたり、握力、背中の筋肉を測ったりもします。握力は身体全体の体力と相関関係が深いことが知られています。
そして、これは病気ではないので心配する必要ありません。これからでも十分に取り返せることが出来ます。先ずは現状を知って対応することが大切です。
運動・スポーツを十全に行うために
上の図(パフォーマンスピラミッド)が示しているのは、エクササイズやトレーニングをする際に重要、また優先される順番です。先ほどの小学生のケースのように、運動をするポテンシャルや技術があったとしても、身体が運動するのに相応しい準備が必要ということが分かったと思います。彼には特にスタビリティー(安定性)が欠けていたところ、足のアライメント(正しいポジションや動き)を獲得することで、身体全体のスタビリティーが上がり、その次の段階のパワー・前に向かう推進力などが得られたということになります。※2
もちろん足はこのような運動力学的なものだけでなく、自律神経への影響や循環器の補助的役割、ツボなどの反射区など様々な健康に対する影響を持っています。新しい情報のインプットやリマインドも含め、足の健康を少しづつ取り上げ掘り下げてゆきたいと思います。お付き合いよろしくお願いいたします。
※1ロコモティブシンドロームとは
ざっくり説明すると、移動するために必要な身体の器官(膝や腰、足など)に関わる骨・筋・靭帯などの障害などに障害が起こり、移動する機能(歩く)が落ち、転倒などの危険性がある状態です。
以下厚生労働省説明
https://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000025997.html※2:足部アーチの高低と運動能力の成長曲線は、アベレージとしては必ずしも相関関係は一致していないという報告があります。児童の個々の成長や骨格・アライメントに差があり、エビデンスとしてはまとめ切れず、まだまだ研究余地のある分野なのだと思います。